貝 瀬 秀 裕 (確率過程論と確率制御理論)

確率制御における漸近問題とその応用

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ある現象を考察すると多くの場合,状態は時間とともに刻々と変化していくことに気づく. たとえば古典力学における質点の運動,走行中の自動車,金融市場で取引される株の価格等,自然科学に限らずその例に関しては枚挙にいとまがない. このような時間の経過に従う変化の性質はダイナミクス (dynamics)と呼ばれ,広い意味で制御理論の目標はダイナミクスを伴う対象を制御することにある.

一般に制御理論における対象は入力と出力を持つブラックボックスして抽象化され,それをシステムと呼ぶ.システムを支配する法則としては, 古典力学等で見られるよう常微分方程式で記述されることが多い.一方で,飛行中に航空機が受ける気流の影響,また株の価格の変動要因等, システムの状態が予め知ることが困難な原因に左右される場合,常微分方程式でシステムを記述するのは適切ではない. 通常,ノイズ等の不確実な要因は確率過程として表現され,しばしば常微分方程式に代わり確率微分方程式を用いてシステムが記述される. 確率制御においては,入力パラメータを与えるごとに決定される制御確率微分方程式の解(出力)を与えられた基準に従って最適化することを目標とする.

制御理論は,与えられた基準の対してその入力パラメータに関する最小化(最大化)問題として定式化される. 基準の最小値は値関数と呼ばれ,システムの初期値に依存する関数である.Bellman原理 (Dynamic Programming Principle)により, 値関数は形式的にHamilton-Jacobi-Bellman (HJB)方程式と呼ばれる非線形偏微分方程式を満し,HJB方程式は最適な制御を構成する際に用いられ, その数学的研究は基本的かつ重要である.H無限大制御との関連から注目されるリスク・センシティブ (Risk-sensitive) 確率制御における確率論・解析的問題に取り組んでおり, 漸近問題を中心に数理ファイナンス等への応用も含め数学的観点から研究を進めている.

加法的汎関数を基準に用いる古典的な確率制御とは異なり,リスク・センシティブ確率制御においては,対数・指数型の基準を導入する. 70年代,80年代にいくつかの研究が見られるが,リスク・センシティブ確率制御の重要性が認識されたのは, 90年代初頭にロバスト性を設計思想の中心に据えたH無限大制御との関連が発見的考察により指摘されたことにある. その後,この二つの制御理論を数学的に厳密に関連づける研究が続いており,また近年,数理ファイナンスへの応用が知られ,この方向も活発に研究されている.

リスク・センシティブ確率制御とH無限大制御を関連づける場合,ノイズの大きさを表すパラメータを導入し, そのパラメータを0に近づけるsmall noise limitを考える.対数・指数型の基準を考えることから,有限時間における問題はWentzell-Freidlin型大偏差原理の一般化を与える. 与えられている確率微分方程式,対数・指数型基準が入力に依存していることに注意すると,大偏差原理により形式的に微分ゲームを導くことでき, これがH無限大制御を微分ゲームとして定式化した問題に対応する.解析的には対応するHJB方程式とBellman原理, 弱解の理論である粘性解などを用いて値関数と微分ゲームの値を対応づける. 最近,数理ファイナンスのモデルから導かれる微分ゲームが戦略のクラスの選び方について非常にデリケートであることが知られ, HJB方程式とBellman原理との関連から戦略のクラスについて関心がある.

対数・指数型基準の時間に関する増大度最適化問題におけるsmall noise limitは解析的にはエルゴード型Bellman方程式を調べることになり, 特別な場合は量子力学と古典力学を結びつける準古典解析におけるSchr\"odiner 作用素の第一固有値,固有関数の漸近問題に帰着する. Schr\"odinger作用素が適当な$L^2$空間で定義できない場合,2階線形偏微分作用素の正値解の構造の一般化を考えなければならず, 2階エルゴード型Bellman方程式は正値解の構造と同様にcriticalな解を持つ.small noise limitを取ると1階エルゴード型方程式を形式的に導くことができ, やはり粘性解の枠組みでcriticalな解が存在する.2階の場合,確率論的概念を用いてcriticalな解の特徴付けができ, 1階の場合にもmax-plus代数の意味で確率論的なメカニズムが潜んでいると考えられ, 1階エルゴード型方程式の解がmax-plus代数の観点からどの程度分類可能か調べることが今後の課題である.


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