松 本 裕 行(確率過程論と応用)

確率解析と微分作用素の解析への応用

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 確率過程論は,1920年から40年にかけて ウィナー,コルモゴロフ,フェ ラー,レヴィなどによってその基礎が確立され,その後も活発に研究の進められて いる数学の一分野である.その基本思想の一つは,最も基本的な確率過程であるウ ィナー過程やポワソン過程をもとに一般の確率過程の構造を解明しようということ である.

このために必要となるウィナー過程,ポワソン過程に基づく演算法 (calculus) は伊藤清によって初めて数学的理論として確立された.伊藤は確率積分と呼ばれる ウィナー過程,ポワソン過程に関する積分の概念を明確に定義し,これを用いて確 率微分方程式を解くことにより,重要で興味深い確率過程のクラスを構成すること に成功した.現在では,確率積分を用いて与えられる確率過程は伊藤過程,そして この理論は Ito calculus と呼ばれている.

一般に確率過程には微分,差分作用素を生成作用素とする半群が対応する.従っ て,半群またはその積分核 (熱核) を考えることにより,多様体上のラプラスーベ ルトラミ作用素などの解析へも応用することができる.実際フェラーは,確率過程 はそのための道具であると,論文の中で述べている.

しかし,熱核を確率論的に表現するには条件付平均を用いる必要があり,解析的 にはなめらかであることが分かっていても,すべての点において熱核の表現を得る ことは Ito calculus ではできなかった.これを可能にしたのはマリアヴァンによ って創始され,現在 Malliavin calculus と呼ばれる理論である.この理論に対し ても渡辺信三を始めとする日本の研究者の貢献が大である.特に熱核の漸近挙動の 解析にこの表現は有効で,固有値の漸近挙動の解析や指数定理の証明に応用されて いる.漸近理論には,ラプラス法,漸近展開の理論,停留位相法などがあり始めの 2つはこの理論の中でも確立された.最後の停留位相法について考えることが最近 私が興味をもっていることである.

連続な軌跡をもつ確率過程を構成するとは,連続関数の空間 (経路空間) に確率 測度を構成することである.従って,確率過程に関する平均を考えるというのは連 続関数の空間上の積分 (経路積分) を考えることである.つまり経路積分に基づい て量子力学を再定式化したファインマンの考えに通じるものがある.ファインマン の経路積分を数学的に正当化することは困難であり,シュレディンガー方程式の解 を経路積分を用いて表現することはできないが,熱方程式を考えればその解を確率 論的に表現することができる.この表現はカッツによって得られたもので Feynman -Kac formula と呼ばれ,ファインマンの考えを数学的に実現したものの一つである. この公式と Malliavin calculus などを用いてシュレディンガー作用素のスペクト ルを研究することが数年来の研究テーマであり,特に固有値の準古典極限と呼ばれ る漸近挙動を磁場のある場合に研究している.磁場を考えると経路空間上の積分に 対する停留位相法が必要になるのである.


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